日本の高校教師が教育について自論を語ってます。

高校教師の考えた教育論

現役の高校教師があーでもない、こうでもないと教育について愚論を展開しています。

外部模試の必要性

 結論から言うと「外部模試は必要なし」です。理由は以下の通りです。

1  試験問題が通販サイト売買されて試験の命である公平性が保証されていないから。

2  1により、模試の結果の信頼性は乏しく、進路指導資料にならないから。

3  模試の前後に送られてくるネット配信の課題が授業進行の妨げになっているから。

 以上が外部模試を不要とする理由です。

 現に明日本校で実施予定の模試の問題と解答解説は8000円前後で売りに出されています。

他校はどうかわかりませんが、本校のように、この模試の成績が来年度のクラス編成に関わるとか12月の三者面談での話題にのぼるとかなれば、生徒たちは事前に問題を知りたいとか解答までわかればという誘惑に駆られても無理はないかと私は思います。

 実際に特定の外部模試の成績順位だけが異常に良くて困惑してしまうケースが毎年あります。

 主催している会社に窮状を訴えても、対処方法は無いとのことでした。模試実施日を解禁日初日にすればネットに出回る前にできるので、学校の行事予定をやりくりして解禁日に実施している模試もありますが、すべてをそうすることは出来ません。もし、自分の学校がそうしても他校がそうでなければ全国偏差値などの信憑性はありません。

 おそらく、高校1、2年生において不正が多いのではないかと思います。それは先程も書いたように次年度のクラス編成や面談資料に使うと言われるからだと思います。また、3年でも指定校推薦に関わる資料になるとわかっている模試は危険だと思います。

 高い受験料を払って、不信感を持ちながら外部模試を受ける意味はあるのでしょうか?

 この模試はこうこうだから重要だと教師が言えば言うほど不正に手を染めてしまう生徒が増え、模試の後は後で「これは本当にあいつの実力か?」と疑わないといけないものを実施している方が私はおかしいと思います。

 元々から模試対策なる奇妙なものが横行して、通常の授業の邪魔になっているのに、その上、データが使いものにならないなら、本当に無意味であり害しかないです。

 代案としては、1番は学校の手づくりの実力試験の復活ですが、多忙な中、今更戻れないならば、外部模試の学校ごとのカスタマイズはどうでしょうか?

 つまり、会社が用意した複数の問題から、学校側が大問の組み合わせを選択して学校ごとに違う模試を実施するというものです。特に1、2年生の間などは進度がズレていることもあるので習った後の定着度を見るには最適です。全国で同じ問題の正答率はどうかを見れば大体教師の知りたい生徒たちの実力はわかります。不正の心配はないので校内順位を基にクラス編成しようが面談しようが問題無しです。

 3年生になって、より全国の状況が気になるようになれば、レベルを揃えた模試を複数種類会社が用意して、バラバラに配布して、各学校で実施してもらえばいいと思います。難易度によって得点調整すれば、推計の域は出ませんが全国での立ち位置は確認可能でしょう。

 更に今よりもっとタブレットかPCの普及が進めば、紙と違って問題のカスタマイズは容易になるでしょう。問題が当日配信され、固定された問題が出ないとなれば、事前に不正購入する意味は無くなります。

 また、この方法が模試で可能になれば、この模試の成績を大学入試にも使えばいいと私は思います。本人確認とタブレットやPCの前に一定時間本人がいるという確認さえすればいいのです。英検での優遇措置があるのだから、模試での優遇措置があってもおかしくないでしょう。大学側も入試に費やす労力を入試面接に振り分けるか、大学での授業や試験に振り分ければ助かるのではないでしょうか。万が一、不正を犯して入学しても大学を卒業させなければいいのです。もちろん、高校の格付けは入学者と卒業者の相関ということに変わります。

 高校生も複数回ある模試で力を出せば良いので追い詰められる感じはないでしょうし、何度も修正努力して多くの生徒が最後の「模試」まで努力するでしょう。コロナ禍でも心配いらなくなります。

 外部模試の必要性から飛躍しすぎましたが、一つの問題を克服することによって、他の問題も解決可能になると思います。模試のデジタル化、個別であって個別でないテストの開発、如何でしょう。

 

デジタル採点

 デジタル採点が急速に学校教育にも広がっています。テストを配信して、自動で採点、点数入力から成績処理まで機械化されています。

 また、紙の答案でも答案用紙をそろえて機械に流し込めば、採点終了です。山のような答案用紙を前にため息をついていた時代とはオサラバだということのようです。

 私も先日、古文単語テストで使わせていただきました。今までは私が解答を読み上げて、生徒同士に相互採点をさせて(百題テストだったので)いたのですが、解答用紙をマークシートにして、機械に読み込ませる方式を教えてもらい実施しました。そうすると、相互採点させた後の点数の入力作業も無くなり、本当にあっという間にデータ化出来ました。すごく楽だと有り難く思いました。

 しかし、これを定期テストでもバンバン使うという気にはなれませんでした。周囲の先生方は今年度からは学校の後押しもあって更なるデジタル化を推進するようですが、私はその流れには乗らないつもりです。別に準備や作業行程が難しいわけではありません。たとえやり方を覚えられなくても親切に教えてくれる先生方はたくさんいます。

 では、なぜ、デジタル採点を私はしないのか。それは生徒の力を把握出来ないからです。確かに一枚一枚答案用紙をめくりながら、赤ペン片手に採点するのは骨が折れる作業です。面倒です、本当に。しかし、一方でそうやって採点していると発見もあります。記号問題でも、消して書き直して間違えているとかわかりますし、まして記述式だと字の具合、字数の加減、ポイントのズレ方などなど、解答者の姿勢や思考が解ります。採点の労に見合うだけの価値があるのです。「あー、やっぱり、ちょっと難しいかと思って出したら、この子だとこういう解答になるのか。」とか、「へぇ、今回はこいつ気合い入れて勉強したな、百字でも怯まずに解答してるやん、間違えてるけど。」とか、解答用紙を見ながら生徒一人ひとりの顔を思い浮かべてブツブツ言いながら採点していく楽しみがあります。

 やっとのことで丸つけを終えて最後に計算して名前の下に赤ペンで63点とか85点とか書いて、「クラス平均は何点になるのか?」とワクワクしながら教務手帳に点数を名簿順に手書きしていきます。そしてクラス平均を出して反省です。平均が高くても低くても出題に難点があるわけですし、クラス間の差、個別の生徒の出来不出来まで感触としてはっきり頭に刻まれます。

 これを繰り返すことで、自分の授業の有り様、試験の適否を振り返り、次こそはと思って次のテストまでの作戦を練ってきました。同じ所を教えている先生との意見交換は金言です。反省材料に事欠きません。

 また、答案返却、解答解説にも、採点時の思いが口をついて出てきます。生徒たちも、多少は採点の苦労を察してくれるのか、或いは人力による採点ミスに期待を寄せるのか、たぶん後者でしょうが、常の授業よりも集中して話を聞いてくれます。

 つまり、採点作業とは長い時間をかけて行う教師の反省会のようなものだと私は思います。おそらく諸先輩方もそのようにして、「教えたように帰ってくるなあ」と喜んだり悲しんだりされてきたのだと思います。

 もし、今後、デジタル採点が進化して、効率化が図られ、教師が採点の煩わしさから解放されるようになったら、教師の成長の機会が減るように私は思います。入試の採点ならまだしも、日々目の前で自分の授業を受ける生徒の力を把握しないで、また自分の授業を振り返らないで先生は成長しない、ひいては生徒も成長しないのではないでしょうか。

 顔を見て授業を教室で行うことと同じく、数字以上にテストでも得られる感触というものがあると思っています。この形にしにくい感触を磨いてこそ教師力が向上していくと言ったら言い過ぎでしょうか。

大学9月入学再考

  やはり9月入学は見送られそうです。前回も前々回も書きましたが、大学だけ9月入学にしてくれるだけでいいのに、小学校から大学まですべての学校で9月入学にしようとすること自体が的外れだと思います。学習機会の確保とか言われていますが、今のままでならば、夏休みと冬休みを短縮すればマイナス1週間で済みます。第2波や第3波が来れば別ですが、6月から学校を再開すれば、遅れは実質1週間だけです。ですから、2年生や1年生であれば十分取り返すことができる時間です。そんなに悲観的になる必要はありません。
 また、今年中止になったインハイや甲子園も、来年ワクチンが完成されていれば、今の2年生や1年生はチャンスが十分あります。
 問題なのは、今年の現高校3年生の大会と受験についてなのです。
 今の高校3年生については、授業日数云々というより、9月から始まってしまう推薦入試に間に合わないのです。1学期が8月8日まで伸びたら、それだけ期末試験も後ろになります。当然成績が確定するのは8月8日の少し前です。そこで推薦に使う仮評定や出欠が決定します。通常であれば、7月下旬には決定していることが約3週間の遅れです。
 さらに、今、インハイや甲子園の代替の都道府県大会が7月や8月に予定されています。それが終わらないと推薦の資料が揃わない生徒が大勢います。大会結果が推薦の決め手になるからです。通常は都道府県大会は6月には終わっています。県大会でベスト4だったとかいう成績が推薦の根拠になるのです。ここでも1カ月は遅れています。
 総合型選抜(旧AO)のエントリーは9月開始です。お盆前に志望校を決めて、お盆明けの17日から志望理由を書いて、エントリーに備えるということになります。エントリーして終わりではありません、1次試験である書類選考で合格したら、次は2次試験対策に移ります。そうこうしているうちに、指定校推薦の選考が校内で始まります。通常でしたら、AO(今度の総合型選抜)でダメだったという生徒にも、指定校推薦の機会は巡ってきますが、今年はどうでしょう。AO(総合型選抜)が後ろ倒しにされて、その結果待ちの間に指定校推薦の校内締め切りが来てしまうでしょうね。あるいは、両天秤かけて、総合型選抜で合格したけれど、指定校推薦になったから総合型選抜を蹴るとかいうレアケースが頻発するのでしょうね。その逆も出て、現場は大混乱になるでしょう。
 おそらく、どこの大学もコロナ不安に乗じて、推薦枠を拡大するでしょう。AO(総合型選抜)も指定校も公募推薦(学校型選抜)もとにかく推薦という形式が増加するでしょう。どの推薦に賭けるのかというような話が例年になく交錯して、担任は頭を抱えることになります。しかもコロナが怖いから推薦で決めたいと親や本人に言われたら、2月の一般入試まで我慢して下さいとは言えません。
 1月2月の真冬に緊急事態でないなど言い切れません。ワクチンも無いので、大丈夫ですとは絶対に言えません。また、10月からの学校型選抜(旧公募推薦)でも共通テストの結果で合格とする国公立大学が多いのですが、共通テストを受験できるのかどうなのか不透明なので、その推薦方法もリスクが高いと思う生徒が多いと思います。
 ですから、夏入試秋入学にしないと、実質上の学習自体が9月10月で終了、2学期の授業は上の空になる高校3年生が増加します。例年だと55万人ぐらいが受験するセンター試験(今度の共通テスト)の人数も大幅に減少するでしょう。もちろん、最後の最後まで勉強を続けようと説得しますよ、現場の教師は。しかし、精神的に弱いとかどうとかではなく、コロナで受験できなくなるかもしれないという恐怖に対しては励ましでは対抗できません。秋に第2波が来たら、なおさらです。
 つまり、一般の方が思う以上に、高校3年生の本気の学習期間は短くなります。冬まで粘る生徒が55万人いたところから大幅に減ります。その分、大学に入ってからの学びの質も落ちます。
 今となっては、全面的に9月入学にはできないでしょう。しかし、高校3年生たちが粘り易くするために何とか4月入学定員と9月入学定員に分割して入試をしてほしいと思います。そうであれば、もし、1月の共通テストを受けられなければ、6月に受ければいいと説得できます。勉強した成果が発揮できます。生徒と教師の努力が報われます。伸びる生徒が出てきます。
 早々に入学先を決めた生徒は12月の2学期末で終わりでいいです。その後、1月から6月まで学習し続ける生徒の支援を我々はしていきます。3月で卒業させても、予備校に入って6月や7月の9月定員での合格を目指す生徒の応援は続けます。
 そういう変形措置を今年だけでもいいので、真剣に検討してほしいです。ここまでくれば、臨時に考えてほしいと思います。そして、おそらく、9月から入ってきた生徒は大学の中で光るものがあると思います。それだけの勉強をしてきた者たちだからです。そして、それが認められれば、大学の9月入学定員は次年度増加すると思います。
 小学校から高校までは4月入学3月卒業で変える必要はありません。大学の9月入学だけを選択肢に加えてもらえれば高校現場は伸ばせる生徒を伸ばして大学に送ることは可能です。
 まだ諦めるわけにはいきません。何万人という生徒の能力開発に関わることです。ひいてはそれが未来の日本の大きな問題に発展すると思います。
 
 

「大学」9月入学

 前回も書きましたが、9月入学の発端は現在の高校3年生の訴えにあります。中学3年生や小学6年生ではありません。

 つまり、9月大学入学の「大学」がいつの間にかなくなってしまっていることがこの改革を複雑かつ不可能に見せていると考えられます。

 原点に返って考えてもらいたいのです。3月から休校になり3カ月も通常の高校生活がコロナによって奪われました。またいつ第2波が来て、さらに奪われるかもしれません。そのせいで高校生活最後の行事が中止され、高校生活が台無しになり、かつ進路に関して不公平感が募るということを少しでも食い止めたいという所がスタートです。

 まず、9月には本格化する大学の推薦入試に対応することが今年は全くできません。既に多くの大学が例年実施しているオープンキャンパスや入試相談会を中止もしくは延期しています。

 高校現場も、授業が出来ず、1学期の中間考査が無くなり、部活動がストップし、大会成績も無くなり、生徒を進学させるデータが手元にありません。校内選考で決定する指定校推薦は機能マヒを起こすでしょう。

 高校入試と違い、大学入試は夏休みに始まり、9月、10月、11月と様々な入試形態に対応していきます。最初の推薦で不合格だった生徒のフォローをして次の推薦へ、一般入試との兼ね合いを考えつつ、生徒並びに保護者に寄り添いながら進路決定していくのです。就職希望の生徒がいたら、7月には試験や面接が始まります。その対応もしないといけません。

 例年でしたら、4月から進路ガイダンスを生徒にも保護者にも実施して、外部模擬試験も受験して、志望校を絞っていきます。多くの高校は5月半ばに中間考査が始まるようになっていたと思います。本来なら、今は一番ピリピリする試験前です。1学期の中間と期末の成績で推薦入試に使われる評定平均値が決まるからです。

 もちろん、勉強だけでなく、各高校では学校行事も盛んな時期です。例えば、私の勤務高校では、今まさに6月の芸術祭に向けて、各クラスが合唱の練習に入り、クラスの団結力が高まっていく時期です。受験勉強の合間を縫って、友と肩を並べて歌う姿は青春そのものです。おそらく大学受験を強く意識する学校であればあるほど、1学期に学校行事を持ってきているはずです。それらが根こそぎ無くなろうとしています。また、間違いなく休校のしわ寄せで、このままだと2学期の行事も3年生だけは参加不可になります。入試に必要な範囲が終わらないからです。共通テストが1月にある以上は、12月には全範囲を終わらせるしかないからです。今後、夏休みも冬休みも返上してひたすら授業です。

 さらに悲痛なのは、運動部員の最後の舞台であるインターハイも予選からすべて無くなったことです。文化部のことは報道されませんが、各種大会が中止になり、高校3年間の集大成を発表する場も与えられないままなのは同じことです。これから学校が再開しても、学校生活に張り合いを持てず、横道に逸れてしまう生徒が出ないか心配です。

 競技人生が終わるわけでは無いとか慰めにもならないことを言う人がいますが、中学から高校への進学と違い、高校の場合は、本当にラストの大会になる人が多いのです。大学に進学するのは約半分です。本格的な練習をして大会に出場するのは最後と定めている生徒は何万人といます。このチームでこのメンバーでの試合は最後になるという思いが果たされないまま終わるのです、このままだと。

 小学生や中学生は中止になってもみんな進学して、また先で取り返すチャンスがありますが、高校生にはありません。だから、せめて大学入試や就職試験の時期をずらして時間を作って欲しいと訴えているのです。

 それに私は、この3年生も卒業は今まで通りに3月でも構わないと思います。12月で授業終了でなく、3月まで授業すれば3カ月の学習の遅れは取り返せます。そうすれば、中止になった行事や大会のうちいくつかは取り戻せるでしょう。秋に大会をしてもらっても、推薦入試が4月や5月に卒業してからだったら、それで良いでしょう。一般入試が6月から7月にかけて行われれば、高校を卒業して、各自で大学入試の準備をし、意識を高めて進学するようになるでしょう。もちろん、インフルエンザやコロナに怯えて受験する不安も緩和されます。

 そして、今後も大学9月入学にすれば、詰め込みと揶揄される高校のカリキュラムに少なくとも3か月のプラスが与えられます。現行では、12月に高校生活が実質上終了しているのです。それを3月まで伸ばせるのです。その3か月のゆとりがイベントの改革、例えば熱中症を避けて、安全に行える秋のインハイや甲子園を生み出す力になると私は思います。

 また、3月にいったん学校という組織を離れて、大学に進むのか、専門学校に進むのか、就職するのか、自分で自分の進路を考える良い機会にもなると思います。今はあまりにも高校の教員が進路選択に口を出し過ぎだと思います。口を出してきた張本人の私が言うのも何ですが、進路相談の名の下、如何に有名大学に合格して学校の進学実績を上げてもらうかの思惑が強く働くのです。それが巧みな教員が高い評価を受けるのも事実です。ですから、成績の良い生徒がいて、その生徒がパティシエになりたいから専門学校に進学すると言い出すと、担任は真っ青になります。周囲から「何とか大学受験を進めろ、あいつならば、関関同立に十分受かるやろ、専門学校は勿体ない!」と指導が入ります。そして、そういう進路選択になるのは、生徒が無知だからか、担任の進路指導がなってないからと思われます。

 もし、3月で卒業して、予備校に行くなり、自宅で勉強するなり、旅に出るなり、アルバイトするなりの期間を経て、担任の先生の手を煩わすことなく、卒業証明書と成績証明書だけで受験できれば自立した大人への一歩が踏み出せるのではないでしょうか。

 高校側も生徒の進路についての手続きやら書類準備から解放されて、本来の学力伸長や人格の陶冶といったことに専念出来るのではないでしょうか。大学側も高校の名前に左右されることなく、4月から8月までの間にじっくりと時間をかけて入学者選抜をすれば良いと思います。卒業してますから、いつ呼び出して、何度面接や試験をしてもらっても構いません。反対に、切れ目なく、4月からの入学を売りにする大学があるならそれも別にいいでしょう。たぶん、国公立が9月入学にすれば、4月入学にする私立大学は少数派になると思いますが。大学付属に通う生徒たちは、それこそ真に自由な5か月間です。様々な経験が積めるでしょうし、そこが付属に通わせる新たなメリットになるでしょう。

 もちろん、9月入学にすれば、海外留学がしやすくなるのもメリットですが、評論家が言うほど盛んになるとは私は思えません。敢えて言えば、外国から先生と生徒さんが来日しやすくはなると思います。しかし、コロナの影響で国際交流はしばらく下火でしょう。

 長くなりましたが、高校から大学への接続の話であった「大学9月入学」をいつの間にか小中も含めて、日本全体の学校を9月入学に変える話になり、それは法的に不可とか時間が必要とかの論議になっていると思います。

 大学に関しては、大学の裁量で9月入学には出来ると聞いています。大学側も高校側も、おそらく3月まできちんと高校生として学習させますという案に反対は無いでしょう。授業料を負担している保護者も自治体も歓迎ではないでしょうか。おまけに予備校も本来の役割を発揮できます。大学進学費用を4月から働いて貯める生徒も出てくるでしょう。

 大学のみ9月入学に出来るのか出来ないのか、そこに論点を絞っていただきたいと思います。小学校から高校までは4月から3月という区切りのままでいいので、大学の9月入学の実施可能性のみを審議していただきたいのです。

 もし、小学校から高校までも9月入学にするというならば、それはそれで何年も時間をかけて議論して下さい。私は今無理にそこは動かさなくても良いと思います。 

9月入学のアンケートを!

 9月入学が取り上げられている現状は一歩前進ですが、報道されているメリット・デメリットでいくつか疑問点があります。また、一番の疑問点は、なぜ、当事者である生徒・児童の意見を聞かないのかと言うことです。

 まず一番の疑問点です。大阪の高校生が中心となってネット上で賛同する声を集めて問題提起したことから火がついたと聞いています。この改革案は生徒からの自発的な行動からスタートしています。そして、全国の高校生が当事者として大きな関心を寄せています。私のクラスでも1か月前ぐらいから9月入学案を健康調査のアンケートの感想欄に書いている生徒がいました。最近では友だち同士でも話題にしているようです。もちろん、賛否両論あります。

 そこで、提案ですが、今、厚生労働省がLINEと組んでやっているようなアンケートを全国の高校生に実施できないでしょうか?私はまず当事者である生徒の意見を尊重してもらいたいのです。それで大多数の高校生が、何を問題視していて、何に不安を感じているのか、どういうことを望んでいるのかが見えてくると思います。

 では、次に9月入学改革におけるメリット・デメリット論争で抜け落ちている、あるいは軽視されている点について述べます。

1.現在の高校3年生は最後に当たる各学校行事を経験して卒業したいと考えています。9月から始業にしても、文化祭や体育祭は出来ないかもしれないが、実施可能性が高くなる。夏に卒業となれば、少なくとも最後の卒業式は集まって祝うことができるだろうと、これを最重要視していると思います。来年7月にオリンピックが出来るなら、卒業式やその後の祝賀的な集会は許可が下りるだろうと予想しても無理はありません。大人は進路とか留学とかを重視していますが、生徒たちはそれよりも高校時代にしか出来ないことを重視しています。大学進学者は今でも52%程度です。全国的に考えると、高校3年が学生最後になる人が半分います。仲間との思い出をたくさん作りたいと思っていると思います。

2.次は高校時代の評価です。1学期の中間テストは無くなりました。期末テストもどうなるかわかりません。学校再開となったとして、密集してテスト可能か?無理でしょう。第一テスト範囲の設定すら不可の学校も多いでしょう。また、実技科目はどうするのですか?やったことにしてスルーですか?評価はオール5ですか?9月に再スタートしたからといって、この問題がすべて解決するわけではないですが、少なくともオンラインでのテストが可能になるような環境整備は追いつくでしょう。

 また、9月新学期だからといっても、6月から8月まで3か月もあるのですから、その間に分散登校して実技科目優先で評価することも可能でしょう。多くの評論家の方々は、9月新学期にすると、それまでの月日に何も学校がしないようなイメージを持っていらっしゃるようですが、まず、そんなことはないです。今までの夏以上にたとえ遠隔であっても、分散であっても現場の教師は学習活動や部活動に力を注ぎます。なぜなら、そこには生徒からの、保護者からの期待という視線があるからです。夏休みが長くなってしまうような錯覚を与えてしまう論じ方はやめてもらいたいです。

3.2に関連しますが、就職試験にしても大学入試にしても、現実的には夏が勝負というのが現状です。なぜ、生徒が高3の1学期の成績に最も拘るのか現場の教師は皆理解しています。その成績まで、つまり高1.高2の各学年最終の評定と高3の1学期評定(5段階評価)の平均が評定平均値と呼ばれ、就職や入試に最大の影響を及ぼすからです。

 また、校内で選考する大学の指定校推薦に至っては、この評定平均値と模試成績と遅刻早退欠席数と課外活動評価で推薦生徒を決めるのが通例です。その大事な1学期が飛んでしまい、公正な評価も受けられず、真面目に休まず登校したことも不問になり(コロナに配慮とかで厳しくは出来なかったという理由で)、模試もなく、「先生たちは、どうやって指定校決めるつもりなん?」と不安を抱えています。

 公募による推薦も入れると、多分6割、学校によっては8割の生徒の進路は夏に動いて、秋に決まっているのです。文科省などにお勤めの方々が思う以上に推薦入学者が多いので、大学入学がこのまま4月で、入試日程がズレないとなると、現場は大混乱になります。

 ですから、大学だけでも9月入学にすべきという指摘は私はまだ理解できます。高校入試にも推薦はありますが、中学との連携でうまく配分されるでしょうし、今でも出来レース的な所があります。私見では、遠距離通学や寮を避けて、歩いてあるいは自転車バイクで通える高校が選択されるか、通信制利用者が増えるでしょう。

 中学入試は経済的理由で減少傾向になり、それでもという層の家庭でも大学付属で近くを選ぶのではないでしょうか?東大も今まで以上に「東京の」大学になると予想します。それぞれの地元の公立高校が見直され、そこから地元の国公立を目指す地方分散型進路がアフターコロナの主流になると予想します。

 脱線しましたが、1学期のやり直しというか推薦での就職や大学入試を考えると、この学年は9月に大学入学にするしかないのです。

4.これも2や3に関連しますが、各種の大会が中止になると推薦での進路選択が消えてしまうからです。インターハイがその最たるものですが、実はそれに匹敵するような全国規模の研修大会というのは萩生田杯とか作らなくてもメーカーさんの主催とかでもあります。だから、時間さえ与えてもらえば、各競技ごとに工夫して、無観客ででも実施可能です。仮に大学入学が9月だとすれば、この秋つまり10月や11月に大会をして、1学期末の12月までに推薦してもらい、1月に内定とか、それがまだ無理ならば、3月に大会でも推薦の日程には間に合うと思います。時間的なゆとりさえあれば、今まで積み上げてきた成果を発揮して進路を築くこともできると思います。インターハイが中止になっても、代わりになる全国大会があれば不公平感なく進路選択が出来ます。

 インターハイの中止を受けて、競技は高校で終わりじゃないとか気休めを言う人がいますが、この代での決着というのはあるのですよ。それとこの下の学年も今の成り行きをじっと見てますから、ここで各競技団体ごとにパワーを見せないと、「コロナの流行とかあったら大会も無くなり、進路の保証もないのか」と子どもたちに思われます。そうなれば、その競技は確実に廃れていきます。学校でその部は無くなっていきます。

 現場を知らない人は、各部活動を健康のためとか趣味の延長ぐらいにしか見てませんが、なぜ、日本でこんなにも部活動が盛んなのかは、もちろん、その競技が好きとかやってみたいとかの理由もありますが、やはり進路に有利という面が強いです。体罰や行き過ぎた指導が無くならないのは、進路がかかっているからです。私は大学入試からスポーツ推薦を無くせば良いと考えていますが、現状は国立大学ですら、スポーツ推薦をやってますし、インターハイ優勝=早稲田大学進学みたいな図式が残る限り、何とか大学入学を9月に延期してもらい、有名強豪高校にこっそりスポーツ指定校推薦枠が付与されたというような不公平入試は避けて欲しいです。

5.これは小さくても、みなさん評論家の方々も主張して頂いているので良いのですが、インフルエンザやコロナに怯えての入学試験は無しということです。これはオンライン入試にでもなれば解消されますが、今まで通りの入試を冬には実施出来ないということです。これは誰が考えても無理だと思います。

6.あと評論家がメリットとして挙げておられる留学のメリットですが、私もコロナ以前はそれをメリットとして強調していましたが、アフターコロナの現時点では有力なものではないでしょう。

 しばらくは内向きな感じになり、敢えて留学という学生は減るでしょう。コロナに教えられたのは、やはりどれだけ国に力があるかが問題なんだなということではないでしょうか。交流するも協調するも、もっとはっきり交渉するにしても、その国、その国民に交換価値が無ければ、相手にされないということではないでしょうか。その際に、お金をいくら積んでも意味がありません。お金があっても、感染症は治らないし、知恵も出て来ないからです。金で金を買っても何もならないという事実を突きつけられた気がします。きちっと、うちの子(日本の子)はうちで育てて、それからの話が国際交流なんだなと今は思います。

 長くなりましたが、以上のことも、踏まえて、各学校現場にいる先生と生徒の率直な意見を、ぜひ、冒頭に書きましたように、LINEアンケートをとっていただき反映させていただいた上で判断いただきたいと切に願います。

インターハイ中止?

 以前に一度「どうなるインターハイ」という題で書きましたが、今ここに至って「インターハイ中止」という一大事が現実のものになろうとしています。高校現場にはそういう達しが流れてきています、

 しかし、本当に中止しかないのでしょうか?この学年だけ我慢しろというのでしょうか?

 一生に一回しかない高3のインターハイ、もちろん本大会だけでなく地方予選も含めての一大イベントです。小学校から、中学校から、高校からと、その競技を始めた時期はバラバラでも、引退をインターハイに定めている生徒は何万人といます。その終わりを飾る舞台が奪われることについて、ほとんど報道されることもなく、高体連からの「中止」というお告げを聞くしかないなんて、私は理不尽だと思います。

 せめて、国会の場で、あるいは責任ある立場の人間から、中止せざるを得ない理由説明ぐらいあってもよいと思いますし、記者会見があって当然の事案だと思います。

 さらに意見を述べると、本当に中止しかないのですか?と詰め寄りたいです。延期できませんか?地方予選が出来るようになるのが、7月だったら、9月か10月に各競技別にでも秋のインターハイが各所で実施できるのではないですか?そこまで延期して、何が困るのでしょう?引退時期が遅れて学力とか進路とかについて問題視するのですか?それを言うなら、サッカーやラグビーはどうなのでしょう?毎年正月の全国大会まで引っ張ってますよね。それでも東大行く生徒がいると報道されているではないですか?

 インターハイを取るのか受験勉強を取るのかの選択は高校生自身が今までも悩みに悩んで行ってきました。インハイを選んだから、仮に浪人になっても納得するという人がほとんどでしょう。また、インターハイでの活動成果によって大学進学が決まるというスポーツ推薦組はどうなるのですか?大会が無くなる=進路も失うで納得できるのでしょうか。さらに高校のクラブ活動で競技を離れる覚悟の就職組は心残りどころではないと思います。

 何十万人の高校生の夢と希望と将来の結晶であるインターハイをどうか今年も実施して下さい。せめて都道府県大会だけでも、大人が知恵を絞って開催しましょう。何ごとも最後まで諦めるなと言ってきた指導者たち、保護者たち、OB OGたち、あらゆる人が声を上げて守るべきものだと思います。

夏入試秋入学へ

 新型コロナウィルス感染拡大に伴う現在の社会状況を踏まえて考えたことが多数ありますので、今回は箇条書きにさせてもらいました。

1.この高校3年生から夏入試秋入学にシフトして、学習機会の平等を維持する。

2.1によって国際交流を活性化する。

3.1によって出来た時間を利用して、中止と目されているインターハイの代替大会の実施を模索する。

4.3については全競技一同に会さず、各競技で実施、それも移動の問題で不可ならば、せめて都道府県レベルの大会は実施する。

5.1によって出来た時間を利用して、オンライン入試などの方策を検討し実施する。

6.合格入学に価値をおかず、卒業修了に価値をおくことで、入試選抜を簡素化弾力化する。

7.国公立大学(せめて地元の都道府県民については)の完全無償化を実現する。コロナ禍で進学を断念する生徒が出ないようにする。できれば恒久的に制度化する。

8.大・高・中・小とも授業オンライン化を促進する。個別指導を徹底する。共同で実施すべきもの(研究、体育、芸術など)は地域の学校や研究施設が拠点となって指導する。

9.部活動は地域クラブに移行していく。クラブ対抗戦を各競技別に行う。学校対抗でなくしていく。

10.よって、東京の高校の授業をオンラインで受けているが、体育やクラブは地元でやっているという高校生活になる人も出てくる。

11.10の生活の延長で仕事も同様テレワークとなり、地方にも人が残る確率が増える。

12.地域共同社会も徐々に復活し、自然と共生する日本の環境に応じた地方生活にシフトする人が増える。

 様々な問題点があることを承知で書き連ねてみました。今回のことで、自分の地元というか、日本、故郷の都道府県市町村を見直す人は増えると思います。3密を避け、食糧自給、物物交換、共同生活、子育て支援を実現させ、グローバルとか世界経済とかに出来るだけ振り回されない生活に憧れる人は増える気がします。インバウンドや輸出入だけに依存していてはダメだぞと警告されたような気がします。

 自分の足元を見つめ、自国や地域の良さを認めた上で自信を持って国際交流に乗り出していく真の国際人を養成できる良い機会にもなりそうです。

 「災い転じて福となす」と昔の人は言いました。及ばずながら先人たちに負けないように工夫を凝らしていきたいと思います。