日本の高校教師が教育について自論を語ってます。

高校教師の考えた教育論

現役の高校教師があーでもない、こうでもないと教育について愚論を展開しています。

ルール変更

 私は高校、大学と軟式庭球部に所属していました。と書いても、年代によってはそれ何ですか?となると思います。今でいうソフトテニス部です。私が高校で入部した時には軟式庭球部というのが正式名で、略して軟庭と言われていました。

 当時はポジションが2つにはっきりと分かれていました。ダブルスの試合しかない(大学でシングルの試合もありましたが、例外という感じでした)ので、ペアのうち1人が後衛、もう1人が前衛と言われて、役割も明確でした。ですから、入部すると、まずどちらに向いているのかという検討がなされました。

 現在のソフトテニスでも前衛、後衛の名称は使いますが、その役割の複雑性は増していると思います。特に、サーブもして、前に詰めて、ネットプレーもしてという前衛の仕事は、昔、サーブは後衛のみ、レシーブ以外ではずっとネットプレーに専念できていた時代に比べてシンドイなと思います。

 平たく言うと、昔のルールだと後衛はコートの後ろでボールを繋ぎ、チャンスを作る人、前衛は良いポジションを取って後衛が有利になるようにしつつ、後衛が作ったチャンスを決めて得点する人という感じです。ですから、運動量は後衛の方が多く、前衛の方が少なくて済みました。ハイレベルになればそうとも言い切れませんが、まあ、ちょっと下手でも、レシーブさえ返せれば前衛として試合はできました。

 かく言う私も前衛として、初めての大会に出て、緊張のあまりテニスコートの端の方に立っているだけで、相手は2人、こちらは後衛1人という無残な経験をしました。自分の後衛に「頑張って」と心の中で応援していた記憶があります。もちろん、速攻で負けました!

 私は、昔のルールが秀でていて、今のルールがダメだと言いたいのではなく、まずは昔のルールだと試合に出やすかったということを言いたいのです。私もまあまあの腕前になってからは、前衛なのに後衛をして、初心者と組んで試合をしたり、高齢の方の後衛をして走り回ったりしました。後衛にそこそこの力があれば、ボールは繋がるので、駆け引きは面白いですし、初心者の前衛にでも得点の喜びを味わってもらえるシステムでした。

 私は、今のルールに落ち着いた経緯を詳しく知りません。実は教員になって最初のうちは自分が経験していた旧ルールだったのですが、大阪明星高校から鹿児島池田学園高校に転勤してみると、軟式がなく、硬式テニス部しか無かったので、8年程離れていたのです。その後、神戸大学に社会人入学し、同時に楠高校という夜間定時制高校に勤務し、そこで顧問となり軟式庭球が「ソフトテニス」に変わりルールも変わったという事態に遭遇しました。正直に言うと、なんじゃこりゃと思いました。地元岸和田市のローカル大会にも出たり、小学生を教えたりもしましたが、違和感は拭えませんでした。というか、ずっと前衛だったので、サーブが入らないのに苦労しました。その後、長崎日大高校に赴任して、再び全国大会を目指して指導し始めてしまうと、ルールのことをどうこう考えても仕方がないので、新ルールに適応するようにしました。

 しかし、今、振り返って考えると、私は顧問としてやむを得ずルール変更を受け入れましたが、一般の愛好者は高齢になるにつれ、軟式庭球いやソフトテニスからは足を洗われたのではないでしょうか。考えすぎでしょうか。走れなくなれば、知恵を生かして前衛してねと言えた時代は良かったと思うのは、ジジイの戯言でしょうか。

 ルール変更に際して、競技連盟の方々も様々なことを考慮されたと思います。オリンピック種目にしたいとか、世界に広めたいとかの理想があったのだと思います。しかし、私個人としては、世界的に無名でも、日本発祥の独自の競技として、ルールを変えずにいて欲しかったなあというのが本音です。

 世界を知れば知るほど、その国や地域では愛され親しまれているけれど、オリンピック種目でも何でも無いという競技がたくさんあることを知りました。今更ですが、「軟式庭球」も孤高を誇っていたら、硬式テニスには無い、始めるハードルの低さと、やればやるほど奥の深さに気づいていくことで今以上に発展していたかもしれません。

 ルールが変わるということは、元の競技では無くなるという側面もあります。培ってきた伝統文化や技の継承が途絶えてしまいます。簡単に言うと、「昔はのう、こんな選手がおって、こうやって勝ったもんじゃ」と言う語り継がれるものがなくなります。

 昔はうちの学校にも軟式はありましたが、今は硬式しかありませんとなっている中学高校の話をよく聞くのは、テレビに出る出ない、プロが有る無いではなく、一番はルール変更のせいだと私は思います。親がやってた、おばあちゃんがやってた、先生がやってたと言うだけでも早々簡単には部活は無くならないでしょう。一緒にプレーできて、教えたい人がいれば、必ず受け継がれるものです。教えたいというお節介な人がいるから、じゃあと言って教わる人が出て来るのであって、教わりたい人が指導者を探すわけではないのです。

 ここまで、ルール変更による軟式庭球消滅の話にお付き合いいただきました。これは、他のことにも当てはまることだと思われます。ルール変更するにあたっては、広く意見を取り入れ、決して慌てず、慎重に行うべきだということです。変えてから、元に戻すことはできないのですから、決定権を持つ方々には熟慮が必要だと僭越ながら思わざるを得ません。